大判例

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東京高等裁判所 平成元年(う)825号 判決

本籍

東京都八王子市明神町二丁目二番

住居

同都同市西寺方町一〇〇一番地一七四

会社役員

古園強

昭和九年五月二〇日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成元年七月一四日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官豊嶋秀直出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人成瀬聰名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、本件は、不動産の売買及び仲介斡旋等を目的とする共立住販株式会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括している被告人が、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の仲介手数料、宣伝広告費及び工事費等を計上する方法によりその所得や課税土地譲渡利益金額を秘匿した上、昭和六一年三月一日から同六二年二月二八日までの事業年度における同会社の実際所得金額が四億三八八一万六六九五円、課税土地譲渡利益金額が二億六四七五万一〇〇〇円もあったのに、所轄税務署長に対し、その所得金額が二億六九万二八一九円、課税土地譲渡利益金額が四八八八万三〇〇〇円であり、これに対する法人税額が九四一二万八二〇〇円である旨を記載した虚偽の確定申告書を提出し、そのまま納期を徒過させて正規の法人税額との差額である一億四六九五万一八〇〇円を免れたという事案であって、一事業年度に関するものであるが、そのほ脱額が多い上、逋脱率も六〇・九五パーセントに及んでいること、同会社の利益が予想以上に生ずるや、被告人は、同会社が開業して二年を経過したに過ぎないので、よもや税務調査を受けることはないだろうと予測し、多額の税金を支払うより利益を減縮して脱税を図ろうと考え、出入業者に依頼して白紙の領収書用紙を入手する一方、予め準備して置いたゴム印を使用し、所在不明の取引先や倒産したような会社名義の領収書を作成して、本件事業年度内の売却物件二六件中二三件の取引につき合計二億四三八二万円余の架空経費を計上し、しかも外観上不自然な過大計上にならないよう金額を十分検討して計上するなど、その手段や態様が巧妙悪質であることはもとより計画的犯行であること、本件犯行の動機は事業資金の蓄積を目的としたとはいうものの、脱税によって得た金員を被告人の個人消費に注ぎ込んだものも可なりあって、動機の点でも特に考慮すべきものは認められないこと、被告人は、古いとはいえ、業務上横領により二回懲役刑に処せられた前科(そのうち一回は実刑)があるほか、業務上過失傷害により罰金刑にも処せられていること、以上の諸点に徴すると、被告人の刑責は重いといわなければならない。

してみると、被告人は、捜査段階から本件公訴事実を素直に認めて深く反省していること、共立住販株式会社において、被告人の個人勘定を撤廃し、各種帳簿を整備するとともに、経理実務に精通している経験者を迎えて経理事務の指導監督に当たらせるべく、その体制を確立したこと、同会社は、本件事業年度の法人税につき修正申告をして、その本税のみならず、延滞税・重加算税や地方税も全部納付したこと、この判決が確定すると同会社の経営に相当影響すること、その他所論指摘の被告人に有利な諸般の情状(所論は、前記会社が開業して間もないため、金融機関の信用を得られない上、国税を納付するための借入や分納をすると、会社の経営が危険な状態にあるものとみられ、金融機関から融資を受けられないばかりか、借入金の返済や担保の実行を迫られて倒産に追い込まれ兼ねないという特殊事情が存したので、被告人としては、右のような同会社の緊急事態を防止すべく、やむなく本件脱税に及んだものであって、いわば緊急避難的行為であったのであるから、この点を被告人のため有利に斟酌すべきである旨主張し、原審における被告人の供述中には所論に副う供述が存する。しかしながら、他の関係証拠に照らし、被告人の右供述はにわかに措信することが出来ない。のみならず、被告人が本件犯行に及んだ動機は前記説示のとおりであって、所論のような事情に基づくものではなく、これが緊急避難的行為に当たらないことは明らかであるから、所論は到底採用することが出来ない。)を十分斟酌しても、被告人を懲役一年二月に処し、三年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。⑯第一刑事部

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

○ 控訴趣意書

被告人 古園強

右被告人に対する法人税法違反被告事件について弁護人は、左記のとおり控訴趣意を提出する。

平成元年九月一八日

右弁護人 成瀬聰

東京高等裁判所第一刑事部 御中

以下に述べる被告人に有利な各情状を総合的に斟酌したとき、被告人に対して懲役一年二月、執行猶予三年に処した原判決は重きに過ぎ量刑不当であり取消さるべきである。

第一 本件は会社の第二期決算期に発生した事犯ではあるが、本格的営業活動を開始して間もない、実質的にみて会社設立第一期の決算期における事犯である。

つまり会社が磐石なる地盤の下で隆盛を極めている中で起したものではなく、ようやく歩き始めた会社が人的にも物理的にも不充分な体制の下で何とか少しでも地盤をつくり上げようと被告人が必死に努力している中で起したものである。

共立住販(株)は、被告人が中心となって昭和六〇年三月六日に設立されたが、宅地建物取引業の許可を取得したのは同年六月一九日であった。このため、実際の営業の開始は同年一〇月からでそれが本格的に展開されるようになったのは、翌六一年一月からであった(被告人の公判廷供述)。したがって本件の事業年度たる昭和六一年三月一日から同六二年二月二八日までは会社が本格的営業活動を開始して始めての時期であった。

第二 動機の点においても酌量すべきものがある。

前述のとおり、本件の会社第二決算期当時は、設立後間もなく本格的活動開始直後であったため、銀行の与信状態は、充分ではなかった。自己所有のビルを担保に提供しても融資が受けられる状態ではなかった(証人古園久子)。そこで被告人は自己の車や妻の宝石を質入れして資金繰りしたり、六二年四月末日に支払った第一期の税金約二、〇〇〇万円の支払にも窮する程であった(被告人公判廷供述)。そして会社設立後間もなくのため資金や投資計画が不充分であったため、六三年四月三日ころ、正しく申告した場合に同月末に支払うべき第二期の法人税額二億四、〇〇〇万円余を支払える資金は存在しなかった。

会社の信用のついた現在ならばともかく、当時においては、国税を収められないということ事態、取引先銀行からは会社が倒産寸前の一番危険な状態とみられることとなり納税資金の借り入れはおろか、逆に従前の融資の返済や担保の実行を迫られることは必定であった(同右)。そればかりか、四月三〇日には取引先銀行に対し申告書の控と合わせて納税証明書を添付しなければならなかった。それを実行しなければ、その後の融資を受けられず、然るときは倒産に追い込まれることが必至であった。

したがって、本件の国税納付のために借り入れすることやそれを分納することも許されない会社にとっての特殊事情が存在した。六二年四月三日、会社の右の如き非常事態に直面した被告人は、会社の最悪の緊急事態を防止するため、止むなく脱税工作を決意し実行したのであった。被告人の本件脱税行為が唯、右の目的のみに出たいわば被告人にとって「緊急避難」的行為であったことは、第五で後述する本件脱税の手口、方法からも明らかである。

第三 しかも、本件脱税により免れることとなる諸税については、必ず翌期に自らすすんで修正申告をして納付する意思であった。

右の点についての被告人の検面調書や公判廷供述が真実であることは、

次のことからも明らかである。

1 本件の具体的な積極的脱税行為が、最終決算期日である六二年二月二八日付の架空経費の水増しという記帳方法によっており、経理がそれなりに分かる人がみれば、一見して即、脱税と判明する方法であった。

2 そしてその資金も全て被告人個人の仮勘定によって処理されていること。

3 六二年四月当時、翌期には、建築物の完成予定や不動産取引の完了予定など一〇〇億円を超える売上げが見込まれ相当多額の利益が見通されていた。その結果、右修正申告によって修正した税金を収めることは充分可能であった。

第四 そのうえ本件脱税となった事業年度の決算については、本件の査察を受ける以前に八王子税務署の税務調査を受け、六三年一月頃、同署の指導に基づき本件脱税額を約二〇〇万円上回る国税について修正申告し、それにより処理することで同署と実質的に合意していた。

六二年九月頃から八王子税務署法人第三部門の係官が本件事業年度の決算について会社へ税務調査に入り、六三年一月にこれが終了し、同署担当官と相談しその指示による金額を修正申告することで合意していた。被告人は、同署からの連絡を待っていたところ同年三月九日、本件の査察が開始されたのである。

第五 犯意及び方法、手口の点において、同種事犯に比しそれ程悪質ではない。

前述のとおり、被告人は、莫大な利益隠しといった私利私欲のためではなく、会社の倒産防止のために行った。また、具体的行為としては、六三年四月三日をはじめ数日間のみ、しかも決算期末日に集中された架空経費の計上のみという一見して判明する単純な方法、手口である。

同種事犯に多い期中における売上げや収入の意図的隠匿や計上漏れ等は一切ない。経理処理及び記帳の未熟からくるほんのわずかな経費計上を除いては期中における経費の水増しや記入漏れも一切ない。複雑な帳簿操作なども一切なく、決算期当初からの長期間に亘る計画的犯行ではない。

第六 本件脱税に関する納付は全て終了している。

修正申告書(写)、納付書・領収証書(写)から明らかなとおり、本件脱税に係る諸税については次のとおり全て納付を完了している。

1 昭和六三年七月五日、八王子税務署に法人税一億九、二〇六万五、六九八円を修正申告

2 平成元年一月二三日、右修正申告にかかる法人税本税一億二、七八七万八〇〇円、延滞金二、二六六万二、四〇〇円合計金一億五、〇五三万三、二〇〇円を納付。

3 同年三月二四日、八王子市に対し、同じく法人市民税一、八五五万九、〇〇〇円、延滞金七七万五、七〇〇円を納付。

第七 本件に関する新聞報道等マスコミの報道により被告人に対してはすでに相応の社会的制裁がなされている。

弁護人が提出した新聞切抜き(写)から明らかなとおり、被告人の本件犯行については昭和六三年九月九日頃、新聞社各社、テレビ、ラジオ等のマスコミによって大々的に報道され、会社の取引先や顧客をはじめ多くの人々の知るところとなった。このため、当然のことながら、被告人に対する社会一般及び取引上の信用は失墜し、進行中の取引が破談になったり、日本棋院との関係悪化等々数々の制裁を受けた。具体的数字としても第三期の当初の予定売上げ一六〇億円が一二一億円に、利益も一六億円の予定が七億六、〇〇〇万円にとどまる等痛切な制裁を受けている。

第八 被告人の真撃な改唆と再犯防止への努力

被告人は八王子税務署による税務調査及び捜査段階から、本件の公訴事実を認め深く反省してきたところ、公判廷においても「これはもういかなる罰も受けなきゃならんと思います」「それはもう厳粛に反省しております。」と述べているとおり、真撃に改唆している。

そしてかかる事件が二度と再び発生しないよう、次のような改善措置を実行している。

1 取引先台帳や商品台帳を整備し個人勘定を撤廃。

2 将来の経理担当重役としてメイン銀行たる国民銀行から支店長経験者の出向をあおいでいる。外部の人間による経理の監督、指導を受け入れる体制をとった。

3 経理担当者の執務場所を他の従業員から同一フロアーにし、不正の生じないよう相互が監視できるように改善した(証人柴田)。

4 これまで被告人任せにしていたもう一人の代表者古園久子も経理を把握できるよう努めている(証人古園久子)。

5 何よりも被告人から本件を通じて「災を転じて福となす」べく、経理処理や記帳等について日常的に八王子税務署と相談しその指導を受け入れている(証人古園久子、被告人本人の公判廷供述)。

被告人が公判廷で「私は今後犯すようなことがあれば会社をやめてもいいと思っています。」と語っているとおり右の如き被告人の心からの真撃な改唆の状況及び改善措置の実行等により、被告人に再犯のおそれはない。

第九 会社のその後の発展と懲役刑による損害の大きさ

1 会社は、本事件にもかかわらず本件以降も次のとおり業績を延ばし発展している

(資本金) (売上げ金) (従業員数)

設立時 (60・3・2) 一、〇〇〇万   四人

第一期末 (61・2・末) 一、〇〇〇万 約八億円 一〇人

第二期末 (62・2・末) 三、〇〇〇万 約四四億円 一〇人

第三期末 (63・2・末) 三、〇〇〇万 約一二一億円 一五人

第四期末 (元・2・末) 一億円 約八〇億円 四四人

第五期 (見込)   約二〇〇億円

2 右の発展は従業員らの努力は勿論であるが、証人柴田、同古園久子の証言から明らかなとおり被告人の手腕や努力に負うところが大きい。同人は、証人東の証言にあるとおり、私利私欲を離れて囲碁界をはじめ他人のために献身的に努力する人柄であるが、不動産業を従来の「一攫千金」を夢みるがごとき不安定な産業から、利幅は少なくとも恒常的に利益の上がる安定した産業にすべきだとの信念に基づき懸命に努力してきた結果である。被告人の右不動産業への堅実な考え方と情熱は、他の多くの人々の認めるところともなっている(毎日新聞六四年一月四日付等)

こうして右にみたとおり、従業員は四四名からさらに増える勢いであるところ、同人らとその家族らの生活は被告人の努力にかかっているといっても過言ではない。

3 ところが、本件において被告人に対し懲役刑が確定すると、同人は被告人会社役員を辞任しなければならない。そうしなければ、会社の宅地建物取引業の免許が取消されることになる。

証人東、同柴田、同古園久子の各証言及び被告人本人の公判廷供述によれば、被告人が会社役員を辞任することになれば、取引先関係者、顧客らの会社に対する信用と信頼は大幅に低下することになり会社の存立すらも危ういこととなる。

そうした事態となったときは、取引先や顧客らへの損害と迷惑はいうまでもなく、会社従業員とその家族らの生活までも脅かすこととなる。そうした事態をおそれた従業員と家族ら及び一部の取引先ら六七一名もの人々は原審庁に対し、被告人らへの寛大な判決を嘆願した。

前述の如き事態は、これまで述べてきた被告人に有利な各情状を総合的に考慮して、被告人にとっても社会的にみても余りに損害が大きく過酷な結果といわざるを得ない。

以上

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